ヘルニアの種類と従来の根治術について

ヘルニアの種類と従来の根治術について

ヘルニアとは臓器の一部、または全部が体壁や体内にある隙間を通って、本来の位置から逸脱した状態をいいます。外科で扱う疾患では、以下の種類があります。

  • 鼡径ヘルニア
  • 大腿ヘルニア
  • 閉鎖孔ヘルニア
  • 腹壁瘢痕ヘルニア
  • 臍ヘルニア

上記の中で最も頻度の高い、鼡径ヘルニアについて説明します。
※鼠径ヘルニアでの外来・手術・経過など、わかりやすい説明はコチラ!

1.鼡径ヘルニアとは?

太もも前面の付け根から恥骨あたり(鼡径部)の腹壁の筋膜が薄くなることで、隙間が生じ、腹膜や腹膜に包まれた脂肪や腸がとび出してくる病気で、昔から「脱腸」と言われています。
腹部に力を入れると足の付け根にふくらみができ、下腹に引っ張られたような痛みを感じることがあります。袋状の腹膜の中には小腸や大腸、場合によっては大網、卵巣、膀胱などが入り込みます。
このまま放置すると徐々に膨隆が大きくなり、時にとび出した腸が戻らなくなり血行障害を起こし(かんとん)、腸の壊死から腹膜炎をきたして緊急手術となることがあります。

2.鼡径ヘルニアになりやすい人は?

  • 中高年の男性、やせた高年女性
  • 立ち仕事やおなかに力がかかる仕事に従事する人
  • 激しい運動をする人
  • 妊婦
  • 便秘症、排尿障害や前立腺の病気、喘息や慢性肺疾患がある人

3.鼡径部に見られるヘルニアの種類は?

外鼡径ヘルニア
最も多くみられる。
内鼡径ヘルニア、膀胱上ヘルニア
外観上、外鼡径ヘルニアと変わらない。再発例にも多い。
大腿ヘルニア
中高年の女性に多く、かんとんを生じやすいため、緊急手術が必要なことが多い。
閉鎖孔ヘルニア
高年のやせた女性に多い。かんとんを起こしやすい。

4.鼡径ヘルニアの症状は

鼡径部の腫れで、最初は立ったり、おなかに力をいれると出現する。経過が長くなると腫れたままになります。同部の違和感や軽い痛みがでることもありますが、普段柔らかな腫れが硬くなって、痛みを伴う場合は、かんとんの可能性があるので、ただちに診察が必要となります。

5.鼡径ヘルニアの治療法は?

小児の鼡径ヘルニアと異なり、成人の鼡径ヘルニアは自然に治ることはなく、薬で治療することもできません。
いったん出来てしまったヘルニアは体を鍛えるトレーニングをしても治りません。
また、ヘルニアバンドで外から押さえ込む方法もありますが、不適当な圧迫が腹腔内臓器の損傷につながることもあり、現在では勧められません。基本的にはヘルニアは手術を要する疾患と考えられています。
手術は穴をふさぎ、弱くなった処を補強する手術になります。

これまで、様々な手術の方法が考案され、現在でも進歩しています。
手術の方法は、施設やヘルニアに対する考え方、もちろん患者様の状態やヘルニアの状態によっても変わってきます。以前から行われていた従来法は、もともと弱く離れた組織を無理に縫い合わせて隙間を閉じるため、縫合部位に緊張がかかり、その結果術後の疼痛が強く、弱い組織が離断して再発が多くみられました。
しかし、最近は人工補強材(メッシュ)を使用した、術後の疼痛が少なく(テンションフリーの修復(tension-free-repair))、再発も少ない手術が行われています。
このメッシュを用いた手術にも様々な方法、メッシュにも様々な形状、素材のものがあります。
残念ながら、どのような手術も、完全に合併症等をゼロとすることは現実的には不可能といえますが、考案される様々な手術方法や、使用機材も、すべて安全・確実な手術を目指したものと言えます。
従って、鼡径部あるいは腹部を切開して行う手術(前方アプローチ)の手術、腹腔鏡を使用して行う手術 等様々な手術、どの手術方法にも良い部分があり、どの手術方法が一番とは言えません。手術をする際には、手術の利点、合併症など、疑問があれば良く聞いて、納得された上で手術を受けるべきなのは、ほかの病気と同様、重要な事と思います。

メッシュを使用する手術には前方アプローチ法と後方アプローチ法があります。
現在、多くの施設で行われている方法であるメッシュ・プラグ法やプローリンヘルニアシステム(PHS)法は前方アプローチ法に分類されます。
前方アプローチでは鼡径管を開放するため、生来あるヘルニア防止機構を破壊し、また後方アプローチに比べて末梢神経損傷を生じやすいと考えられています。さらに、横筋筋膜の全周切開が不完全だったり、複合ヘルニアの見落としなどにより再発を生じることがあります。このため、当科では後方アプローチである、ダイレクト・クーゲル法と腹腔鏡下ヘルニア修復術(TAPP法)を主に行っています。

6.従来法

従来法

1884年にイタリアのEdoardo Bassiniが考案した手術方法が報告されて以降、少しずつ工夫、発展がなされて、現在にいたります。
鼠径管の入り口を縫い縮め、腹壁の筋肉や筋膜を縫い合わせて補強する方法で、 Bassini法(バッシーニ法)やFerguson法、Shouldice法、Mercy法、McVay法、Iliopubic tract repair法などがあります。
しかしながら、これらの方法は縫い合わせた部分に術後の強い痛みや、つっぱりの部分が裂けて再発することが多くあります。
また術後の2~3日は安静にして、5~7日の入院が必要です。
現在、当院で従来法を行う場合は、ヘルニア嵌頓手術で、腸管切除を同時に行った場合(感染の危険性があるので、人工のメッシュは使えません)や、出産予定のある女性(Mercy法)に限られます。

7.メッシュ・プラグ法

1993年、米国の Dr Rutkow らによって考案された方法で、 傘状のプラグ(栓)である人工補強材(ポリプロピレン製メッシュ)を、小腸などが出てくる筋膜の弱い部分に入れて補強する手術です。
本邦で、1995年以降行われてきましたが、長期の経過観察からみると違和感などの不定愁訴や再発が散見されます。
現在、当科では再発例などの一部の症例に行っています。

メッシュ・プラグ法メッシュ・プラグ法

8.リヒテンシュタイン法(Lichtenstein Repair)

1989年に米国のIrving Lichtensteinによって考案された手術方法です。
当科では、前立腺手術などを行っていて腹膜の前面を十分に剥離できない場合や再発ヘルニアにて術野が十分に露出できない場合に限って行っています。
外側から鼡径部全体をポリプロピレン製メッシュ・シートで覆い、縫い付ける方法です。

9.PHS法(PROLENE Hernia System Repair)

1999年に米国のDr Gilbertらによって考案された手術方法で、二層の膜とコネクターによって形成された一体型のメッシュにて修復します。
前面の層はリヒテンシュタイン法、コネクター部がプラグ法、後面の層は腹膜前の修復の役割を果たすこととなります。当科では、内鼡径ヘルニアに行ってきました。

PHS法PHS法

10.クーゲル法(Kugel Patch Repair)

クーゲル法

1999年に米国のDr Kugel によって考案された手術方法で、形状記憶リングが装着された二重の人工補強剤(ポリプロピレン製メッシュ)を用いて腹膜のすぐ外側を広く覆い、鼠径部の弱い部分全体を一度に補強します。
他の手術方法と比べ皮膚切開位置がやや高くなり、アプローチも後方より入る点で他の手術法と大きく異なり、手術手技にやや熟練を要する方法です。

11.ダイレクト・クーゲル法(Direct Kugel Patch Repair)

米国のDAVOL社とDr Kugel らによって考案された手術方法です。現在、当科で最も多く行われている方法です。
形状記憶リングに縁取られ、中央にストラップの付いた楕円形の人工補強材(ポリプロピレン製メッシュ)で腹膜のすぐ外側を広く覆い、鼠径部の弱い部分の全体を一度に補強し、腹圧に対する耐久性に優れています。形状記憶リングによりパッチは広く腹膜前腔で展開することで、ヘルニアの起こりうる部位(Hesselbach 三角、内鼠径輪、大腿輪、閉鎖孔、外側三角)を同時にカバー、補強ができ、外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニア等、さまざまなタイプの同部のヘルニアの再発も予防できます。
手技にやや熟練を要しますが、再発例は少なく成績は良好です。

ダイレクト・クーゲル法ダイレクト・クーゲル法

12.腹腔鏡下ヘルニア修復術(腹腔内到達法TAPP法、LPEC法)

1990年Ger,Schltz,Arreguiらが報告して以来現在にいたります。お腹に1~3か所の孔(あな)を開けてカメラと鉗子を挿入し、お腹の中の映像をテレビモニターで見ながら手術するのが腹腔鏡下ヘルニア修復術です。腹腔内から観察するため、ヘルニアの診断が容易であり、症状のない反対側のヘルニアも診断が可能です。

腹腔内到達法(TAPP法)は、お腹の中に二酸化炭素のガスを入れて、カメラを挿入してお腹の映像をテレビモニタで見ながら、ほかに2か所のきず(創:そう)をつけて、ここから棒状の器械(鉗子:かんし)をお腹に差し込んで手術を行います。腹腔鏡を用いてヘルニアの穴を確認して、腹膜と筋肉の間、腹膜の外側にポリプロピレン製の補強材、メッシュを固定します。腹腔鏡手術では鼡径部のヘルニアになりやすい5つの弱い部分(内鼡径ヘルニア、外鼡径ヘルニア、大腿ヘルニア、外側三角部、閉鎖管部)を1枚のメッシュで全てしっかりと覆うことができます。従来の方法に比べてTAPPが優れている点は、痛みが少ないことです。しかし全身麻酔でないと施行できないという短所もあります。これからの手術の主流となると考えられ、当院でも積極的に本手術を行っています。

※TAPP法について詳しくはコチラ

おなかの中から見た、鼡径ヘルニア
おなかの中から見た、
鼡径ヘルニア
腹膜を切開し、鼡径部を露出します。
腹膜を切開し、
鼡径部を露出します。
修復に使用する3Dメッシュ・シート
修復に使用する
3Dメッシュ・シート
メッシュ・シートを拡げ、タッカーで固定します
メッシュ・シートを拡げ、
タッカーで固定します
腹膜を吸収糸で閉鎖します。
腹膜を吸収糸で閉鎖します。

腹腔内到達法(LPEC法)は、一般に小児期の鼠経ヘルニアに対して、急速に広まってきた方法です。TAPP法同様、臍を切開して作成した孔から内視鏡を挿入して、ヘルニアをお腹の中側から観察します。別の穴から挿入した鉗子を用いて、鼠径部皮膚からヘルニア門周囲に刺した特殊な針で、ヘルニア嚢(のう)の周りに糸を通して縛ることで、ヘルニア門を根元で閉鎖します(高位結紮)。
LPEC法の利点は、術後の疼痛が少なく、メッシュ等の異物挿入が回避できることです。LPEC法の適応症例は若年成人、小児期からの腹膜鞘状突起遺残に由来する外鼠経ヘルニアで、ヘルニア門の小さいタイプとされています。壮年、高齢期発症の鼠経ヘルニアのように、鼠経管後壁(筋膜)の弱い方には、TAPP法をお勧めしています。

右外鼠経ヘルニア
右外鼠経ヘルニア(タイプⅠ)を認める
LPEC法にて、ヘルニア門を閉鎖したところ
LPEC法にて、
ヘルニア門を閉鎖したところ

13.鼡径ヘルニアの手術後の生活は?

手術翌日からシャワー浴可能です。
退院後は座っての仕事は可能です。
軽い運動は術後2週間位で可能です。
術後約1ヶ月で、おなかに力がかかる仕事も可能です。

14.鼡径ヘルニアの手術後の注意点は?

鼡径部の腫れ
多くは水腫や血腫であり、半年位までに自然に軽快します。まれに再発の場合もありますので、注意が必要です。
手術創の発赤
皮膚の接着剤によるかぶれ、細菌感染の場合がありますので、診察が必要です。
手術創から水が出る、出血する
処置が必要です。
つっぱり感
メッシュが組織になじんでくると自然に軽快してきます。多くは半年以内に軽快します。
長期にわたる術後疼痛
鼡径部の末梢神経障害を生じている場合がありますので、再診してください。

 

○当院は日本ヘルニア学会の発行する鼠径部ヘルニア学会診療ガイドラインに準じた診療を行っています。
鼠径部ヘルニア学会診療ガイドライン2015年版


○以下ページでは、最も頻度の高い、鼡径ヘルニアについて説明します。
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