乳癌に対する治療方針について

乳癌内分泌化学療法

乳癌に対する内分泌化学療法

日本乳癌学会により提示された科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドラインに則った治療を行っています。
科学的根拠に基づいた乳癌診療ガイドライン2022年版:金原出版株式会社

2011年第12回国際乳癌学会での乳癌サブタイプの定義と推奨される全身治療を主体に、また更に2年に一度、国際乳癌学会でのコンセンサス会議の結果も踏まえて、最新の治療方針を決定しています。

ホルモン受容体陽性の乳がん(内分泌治療)

ホルモン受容体陽性乳がんでは、乳がんの増殖に影響するエストロゲンの体内での作られ方が、閉経前後によって異なるため、閉経の状況によってホルモン療法で使われる薬剤も異なります。

  1. 閉経前女性では、脳から性腺刺激ホルモン放出ホルモン(LH-RH)が放出されると、その指令が卵巣に伝わり、エストロゲンが作られ分泌されます。この卵巣を刺激する脳の下垂体の働きを抑える薬剤を「LH-RHアゴニスト製剤」といいます。LH-RHアゴニスト製剤は、LH-RHの働きを抑えることによって、卵巣でエストロゲンが作られるのを抑え、がんの増殖を抑制します。
  2. 閉経期女性では、卵巣でのエストロゲンを作る能力が加齢とともに次第に低下していきます。閉経後女性においては、副腎皮質や脂肪組織などでエストロゲンが作られます。副腎皮質では「アロマターゼ」という酵素が働いて、男性ホルモンからエストロゲンが作られます。そのため、閉経後乳がんの患者さんには「アロマターゼ阻害薬」といわれるこの酵素の働きを抑制する薬剤により、アロマターゼの働きを抑制することで、エストロゲンを減らし、がんの増殖を抑制します。
  3. 抗エストロゲン剤
    女性ホルモンであるエストロゲンは、乳がんに対しては増殖を促すように働きます。抗エストロゲン薬は、がん細胞のホルモン受容体を標的とし、基本的に閉経の前後にかかわらず使用されています。主に使われている抗エストロゲン薬は、SERMs(Selective estrogen-receptor modulators)といわれ、乳がん細胞に対してはエストロゲンを抑制する働きをしますが、骨や脂質代謝などに対してはエストロゲンと同様の働きをします。さらにエストロゲンの取り込みを抑制するだけでなく、エストロゲン受容体そのものを減らす働きもある、新しいタイプの抗エストロゲン薬(SERD:選択的エストロゲン受容体分解薬)も登場し、進行・再発乳がんの治療に使われています。
  4. CDK4/6阻害剤
    がん細胞などにおいてはCDK4やCDK6といったサイクリン依存性キナーゼ(CDK:Cyclin Dependent Kinase)という酵素が、細胞増殖周期の制御を不能にすることで、細胞が無秩序に増殖する原因になるとされます。CDK4/6阻害薬は上記の内分泌療法と併用することで、細胞の分裂が行われる細胞周期制御などに関わるCDKを阻害(CDK4/6とサイクリンDからなる複合体の活性を阻害)して細胞周期の進行を停止させ、抗腫瘍効果をあらわします。

ホルモン受容体陰性の乳がん

乳がんの一部には、細胞の表面にHER2という鍵穴のような蛋白があり、がん細胞の増殖に関わるタイプがあります。HER2蛋白が多く発現する乳がんをHER2陽性乳がんといい、再発リスクが高いと考えられています。

  1. HER2陽性乳がんには、HER2蛋白に拮抗する抗HER2薬が有効です。
    トラスツズマブ、ラパチニブ、ペルツズマブ、トラスツズマブーエムタンシンなど。
    以上の分子標的薬に以下の化学療法を組み合わせて投与します。
  2. HER2陰性乳がんでは、以下の化学療法を行います。
    EC(エピルビシン+シクロフォスファミド)
    FEC(5-FU+エピルビシン+シクロフォスファミド)
    TC(ドセタキセル、シクロフォスファミド)
    パクリタキセル、ドセタキセル、エリブリン、ゲムシタビン、ビノレルビン、アルブミン懸濁型パクリタキセル、ベバシズマブ+パクリタキセル、カペシタビン、S-1、イリノテカン、カルボプラチン
    BRCA変異陽性乳がん:オラパリブ、PD-L1陽性乳がん:アテゾリズマブ

術前化学療法

昨今の化学療法の高い奏功率を期待して、手術の前に約3‐6ヶ月間の化学療法を行うことで、ある程度の腫瘍の進展をコントロールした後に乳房温存手術等の根治術を行います。具体的な薬剤としては、内分泌・ホルモン療法剤のアロマターゼ阻害剤に、注射剤のタキサン系やアントラサイクリン系剤などを効果的に組み合わせる方法をとっています。特に、HER2陽性乳癌例には、分子標的薬(トラスツズマブ、ラパチニブ、ペルツズマブ等)を加えた治療が有効とされています。

術後補助療法

術後薬物療法の目的は、浸潤がんに対し局所療法である手術では取りきれない微小転移をなくし、乳がんの再発を抑えることにあります。手術で切除したがん細胞について、女性ホルモンに対する感受性、HER2などの病理学的検査を行い、その結果に応じてホルモン療法と化学療法のどちらか、あるいは併用するかなどの治療計画をたてます。再発リスクがきわめて低いと判断された場合には、術後薬物療法を行わずに経過観察する場合もありますが、再発リスクがある場合には、リスクの程度に応じて術後薬物療法を行います。

2011年第12回国際乳癌学会での乳癌サブタイプの定義と推奨される全身治療

ホルモン感受性(ER、PgR)、HER2タンパクの発現量や細胞増殖指標(Ki-67)により、病型分類が定義されます。

Intrinsic subtype 臨床病理学的定義 特記事項
Luminal A Luminal A
ER and/or PgR陽性
HER2陰性
Ki-67低値
Ki-67ラベリングインデックスは、約14%以下を低値とする。
Luminal B Luminal B (HER2陰性)
ER and/orPgR 陽性
HER2陰性
Ki-67高値
Grade等の腫瘍増殖指標も、KI-67の代替指標となりえる。
Luminal B (HER2陽性)
ER and/orPgR 陽性
HER2過剰発現
Ki-67低~高値
内分泌療法、抗HER2療法が適応となる。
Erb-B2過剰発現 HER2陽性 (nonluminal)
ER and/orPgR 陰性
HER2過剰発現
 
Basal like Triple negative(乳管癌)
ER and/orPgR 陰性
HER2陰性
Triple negativeとBasal likeは、約80%が一致する。

各病型別に全身治療が推奨されます。

サブタイプ 治療 特記事項
Luminal A 内分泌療法±CDK4/6阻害剤 リンパ節転移例では、化学療法が必要。
Luminal B
(HER2陰性)
内分泌療法±化学療法 ホルモン受容体発現レベル、再発リスク等により、化学療法を考慮する。
Luminal B
(HER2陽性)
化学療法+抗HER2療法+内分泌療法 化学療法は必須。
HER2陽性
(nonluminal)
化学療法+抗HER2療法  
Triple negative
(乳管癌)
化学療法±抗体薬療法 遺伝子診断も有用
特殊型
A.ホルモン反応型
B.ホルモン非反応型

ホルモン療法
化学療法

管状癌、粘液癌等
髄様癌、アポクリン癌等